2012年8月31日

オブラードで作るキャラ弁

今日のゲストは、気ままにラジオ2度目の出演となる、医師であり子育て中のママさんでもある、新見明代さん。

引田町出身で、現在は徳島県阿波市土成町の、介護老人保健施設「尚花苑」に、老人内科医としてお勤めています。<実は、鴨居さんと同級生で・・・明代ちゃ~ん、まりちゃ~んの仲ですって!>

5歳になる息子さんの、好き嫌いや少食をなくそうと、キャラ弁を作り始めたことがきっかけで、すっかり明代ママはまってしまいました。 寝る間も惜しんで、キャラ弁当作りに精を出していましたが、あんまり忙しくて、ちょっと手抜き考えたという次第です。

そこで、考案したのが、オブラードを使用した 『食べられる写し絵シートセット』

 

 

 

 

 

 

 

 

オブラードって、粉薬を包んで飲む透明のアレです。 

思いついたのが、キャラ弁用のオブラードシート。 水が付いて縮まないように、少し強固なシートにし、専用の下敷きを開発しました。

このように、水で溶いた天然食用色素で絵を写し、はがして、それを「おにぎり」などに貼るだけで出来上がり! とっても簡単でしょう~  これを、ネット上で公開したところ大反響を呼び、なんとこのたび商品化され市販するようになったというわけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

子育て中のママさ~ん、いかがですか? 香川県では、高松と丸亀にある雑貨屋さん「アレックスコンフォート」で購入できます。 興味のある方は、ますは新見ママのブログ 「こうたのお弁当アルバム』で見てね。

そして、新見さんは医師として、オブラードを医療用にも利用できないかと研究中で、明日は学会で発表するのだそうです。 美人で、とってもスレンダーな体のどこにそんなエネルギーが潜んでいるのか、圧倒されちゃいました。

 

 

 

 


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2012年8月28日

夏休み小旅行

友人の病院開設30周年の祝賀会出席のため、今治へ・・・その足で、夏休み小旅行を楽しんできました。

気ままにラジオでも紹介した、「えひめ南予いやし博」開催中の愛南町~宇和島~内子への旅。

まず、愛媛県最南端、愛南町にある高茂岬で不思議な海の風景を見ました。

 

 

 

 

 

 

 

 

太平洋と豊後水道がドッキングした海の風景です。 高知から見る太平洋でもなく、宇和海のようでもなく、はじめて見た不思議な海原でした。 

遊歩道があって、岬の先端の絶壁まで行くことができますよ~ ここはかなりのおすすめスポットです。

愛南漁港は、かつおの水揚げ量は、四国一なんですって! 漁港の食堂で食べた「びやびやかつお刺身定食」のめちゃ美味しかったこと。 魚好きの夫をして、「今まで食べたカツオの中で一番旨い」と云わしめました。

びやびやカツオとは・・・水揚げしたカツオをすぐシメテ、その日の新鮮なうちに提供するカツオです。 なにしろ鮮度抜群だから、臭味がなく、ぷりぷりで甘~いんです。 いつも食べられるとは限らないのですが、この日水揚げがあったので食べられて幸せでした。

もう一箇所のおすすめスポットは、遊子水荷浦の段畑です。

 

 

 

 

 

 

 

 

山の斜面を切り開いた、段々畑。 それも小さな石を積み上げた石垣で作っているのです。 今でも、段畑保存会の人たちが馬鈴薯を栽培しています。 遠目で眺めるぶんにはキレイですが、高いところの作業は大変だと思います。

宇和海の景色とあいまって、日本らしい美しい風景を満喫した小旅行でした。

 

 


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2012年8月17日

懐かしい声、覚えていますか!

今日のスタジオゲストは、<じねんじょ母さん>こと、高嶋タカ子さんです。 いつもさぬき市大川町からやってきてくれます。

一緒にきてくださったのは、結婚して母親のなった羽鹿由紀さんでした。 羽鹿さんは、ウンじゅう年前にRNCラジオのパーソナリティーをしていました。もう~懐かしいやら、ビックリするやら。sign02

 

 

 

 

 

 

 

 

大川町出身の羽鹿さんは、高嶋家の近くに住んでいました。 家族ぐるみのお付き合いで、とっても可愛がってくれたそうです。 「私は、母親がいっぱいいるんですよ~大川町はそんな地域なんです。」とか・・・古きよき時代のご近所付き合いが残っている、いいところですな。

★8月23日には、地蔵盆<子供の健やかな成長を願う行事>があります。 頭家さんは、お地蔵さんの帽子と前垂れを新調し、子供たちにはお赤飯を配るそうです。

★8月24日(土)は、お大師山(虚空蔵山)の火祭りを開催。shine 18:00~かがり火の点火は、19:30~ イベントのダンスに羽鹿さんも出場しますので、ぜひ行ってみて下さい。

 


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2012年8月10日

左官という仕事

今日のゲストは、「さぬき左官」の一級左官技能士・岡井剛志さん。

高校卒業後、左官だった父親の建設会社で見習い修行し、昨年独立して「さぬき左官」を設立しました。 コテなどの道具一式と、軽トラックがあれば、一人親方で仕事ができます。

 

 

 

 

 

 

 

 

ある時、香川県中小企業家同友会に所属している岡井さんは、仲間から左官の仕事内容のことを質問されて、納得ゆく返答ができかったとか・・・

それから左官について、本気で調査してみると、土壁作りの伝統技術の奥深さを知りました。 自然素材を使っているから、呼吸してるし、生活の匂いも吸収してくれ、日本の気候風土に合ぃ、壊しても再利用できる究極のリサイクル。

左官の仕事にすっかり見せられた岡井さんは、父親の会社を飛び出して、独立したのです。

とはいえ、貼り壁が主流の今時に、左官はマイナーな仕事。 土壁の素晴らしさを多くの人に知ってもらわなくてはいけません。 

そこで広報担当役が奥様のムツミさんです。<兼・営業担当>

若い夫婦で頑張っています。

 

 

★左官について、土壁の魅力については、ぜひホームページ「さぬき左官」を見てください。 ムツミさんのブログも楽しいですよ~~若き親方にブラボー

 


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2012年8月3日

ご存知ですか?女神丸事件

1945年8月8日、終戦の1週間前に、民間人が犠牲になった女神丸事件は、香川県人でも知っている人は少ないと思います。

小豆島と高松を結ぶ定期船の女神丸は、百数十名を乗せて、土庄港を出航。 もうすぐ到着という屋島の沖にさしかかたとき、敵機グラマン3機が襲来し、低空飛行で機銃掃射をあびて、死者25名と多くの負傷者を出しました。

ゲストの新城周子(しんじょうかねこ)さんは、この事件を後世に伝えようと、著書「女神丸事件」を自費出版しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

父親の伴一さんと、叔母の伴トキエさんが女神丸に乗船し、トキエさんは即死でした。 トキエさんが居た船上にあった二等船室では、トキエさんの親友岡せつさん以外は、全員亡くなったそうです。

急死に一生を得た岡せつさんと一緒に、昭和50年に船上慰霊祭を行うこととなりました。そこで、名簿づくりに奔走するうちに、事件の概要を本にまとめることにしたのです。

気ままにラジオでは、「女神丸事件~証言者の想い」と題して、乗船していた皆さまの体験も紹介しながら、今一度この事件をふり返ってみました。

※船上と船底の中間の階段にいたという、土庄町の川下カツ子さん・・・カツ子さんは高松空襲でも戦火を潜り抜けたので、その経験上、空からと海から襲撃されても比較的安全な階段にいました。

※志度の那須妙子・八千代さん姉妹は、甲板にいました。 お友だちの前場貞子さんと3人で座っていたのですが、前場さんが撃たれました。 うら若い美人だった貞子さんの、亡くなる直前まで懇願した、「お水ちょうだい」という声が、8月8日になると蘇ってくるのだそうです。

証言してくださった皆さんは、67年たった今でもありありと惨劇がくっきりと目に浮かび、戦争が残す残酷な深い傷を訴えてくださいました。

★著書「女神丸事件」は、図書館にありますので、ぜひ読んでください。 

新城さんがすべて自費で、電話やら現地取材をして、まとめた力作です。 乗り合わせた人間同士が協力して浦生海岸に緊急接岸させ、すべての乗客を上陸させるストーリーは、ドラマのようです。 お互い助け合う姿に感動しました。


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2012年8月1日

旅立つ娘

RNCラジオ、若手美人ディレクターの池本恵津子さんが退社し、旅立ちます。

ふり返ると、9年間、職場ではまるで母娘のようなお付き合いでした。 なにしろ我が息子と同じ年齢ですから、、、

一生懸命な人間が大好きで、すぐ感動しちゃうタイプで、熱いハートの持ち主です。 勉強熱心ですから、めきめき頭角を現して、面白くて良質な番組をリスナーに届けました。

ある日、娘から「私は生まれてからっずっと香川から出て暮らしたことが無い。 飛び出すのは、今しかない・・・」と告げられました。  ン~そうねぇ~ 『若いうちに大海に出て、うんと苦労したり、喜んだり、感動したりすることは、とっても大切だよね』と、納得。

そしてこのたび、西日本放送から旅立つことになりました。

 

 

 

 

 

気ままにラジオ担当の最終日

 

 

彼女は、語学の勉強のためにイタリアへ留学します。 悲喜こもごも、いっぱい体験して、いい女になって帰ってきて欲しいと、母は願っております。 また、会いましょうね。 

 


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