2012年7月30日

Coolに過ごそう

先週の中四国ライブネットは、<香川発 涼を呼べ!Cool The Sanuki>をお送りしました。

中四国地方の各放送局からさまざまな企画でお楽しみいただいている、ネット番組です。

 

 

 

 

 

 

スタッフ(古茂田圭さん、原博文さん、私、池本恵津子さん)

 

☆うちわ生産量9割をしめる、丸亀団扇の魅力・・・手に持っているのはリスナープレゼント用、竹骨で草木染め布張りの高級団扇<風布>です。

☆ブームを呼んでいる崇徳上皇史跡めぐりから、パワースポットを紹介(霊泉・血の宮・灯りの宮・煙の宮など)・・・奇しくもこの夜の大河ドラマは<平家納経~怨霊を鎮めよ>讃岐に流された崇徳上皇がでてきましたよ~ 

☆緑で涼をよぶのコーナーでは、ガーデンズの宮本里美さんにアドバイスを受けました。 

天井に芝生を植えているガーデンズは、部屋の温度は数度低くて涼しいそうです。 ゴーヤのグリーンカーテンはもちろん、部屋の中に観葉植物をたくさん飾ることで涼しさを感じます。 洋服だって、涼しげな若草色、ブルーをふんだにとりいれるコーディネートを心がけているそうです。 いつもながら素敵な方でした。

☆体感オンドが2℃下がるボサノバ音楽など・・・涼を呼びそうな話題を、楽しくお送りしました。

ロンドンオリンピック観戦をひかえて、ラジオを聴いて下さった中四国地方のリスナーの皆さま~どうもありがとうございました。  


- カテゴリー:ブログページの先頭へ戻る

2012年7月13日

東北メディカル・メガバンク機構って!

今日のゲストは、東北大学医学部準教授であり、東北メディカル・メガバンク機構教授の、清元秀泰さん。 専門は、腎臓内科、透析医学、移植医療および医学教育です。

香川大学医学部で学び、テキサス大学へ留学。 その後、香川大学医学部から東北大学医学部へ赴任し、今年発足した東北メディカル・メガバンク機構の教授に抜擢されました。

奥様も医師で、単身赴任で東北へ行ったところ、東日本大震災に遭遇しました。 救急医療も専門であるので、いち早く医療現場で指揮をとったそうですが、大津波の犠牲で死者多かったこと、交通の遮断で病院まで搬送できなかったことなど、そのときの悲惨な様子を伺いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、今年2月に発足したのが<東北メディカル・メガバンク機構>flair・・・東日本大震災から立ち直り、未来型地域医療モデル体制づくりをするために誕生した事業です。

まずは、施設を建て直すだけでなく、被害を受けた住民の健康調査、医療情報のIT化(二度と診療情報を失うことのないように)、さらに医療情報とゲノム解析をあわせたバイオバンク(私にはさっぱりわかりません)も構築するとか!

『とにかく国家的プロジェクトですから、香川の人にも知ってもらいたい』と、スタジオに来てくださいました。 

香川大学医学部の救急医療の講師もなさっているので、時々来県します。 東北メディカル・メガバンク機構&みちのく四方山話パート2をお送りしますね。wink

 


- カテゴリー:ブログページの先頭へ戻る

2012年7月6日

おいしいキュウリ

今年度、香川県農業士に認定された松本稔さんが、本日のゲスト。 昨年までは、青年農業氏でした。

松本さんは、綾川町陶、閑静な府中湖の畔で3haの農地で、キュウリやトマト、イチゴの栽培をしている専業農家。 従業員8名の中には、地元の農業大学校や中国の研修生も働いています。(後継者育成も香川県農業士の使命なんです)

 

 

 

 

 

 

 

 

ご両親が兼業農家でしたが、子供の頃は、手伝わされるので農業は大嫌いだったとか! サラリーマンになりましたが、やはりDNAでしょか(?)・・・『自分がやりたいのは農業だ』と一念発起して、奥様を説得して、なんと専業農家になったのです。

最初の3~4年は、試行錯誤の連続でした。 まっすぐでキレイなキュウリはなかなかできない、価格の暴落もあって、安定した販路も見出さなければいけない、、、、

そこで、トマトやほうれん草、イチゴなど他の作物も作りことしました。 そして安定して出荷できる契約販売をするようになったのです。

東京丸の内ホテルの山口仁八郎総料理用が、「香川の野菜は全国一美味しい!」と、言ってくださいましたが、マツモト農園の、キュウリ・トマトは、ほんまに甘くて瑞々しかったのです!

これからの香川の農業、頼みますね~~wink

★昨日のゲスト

ラジオカーは、悲運の崇徳上皇史跡めぐりで坂出へGO 住まわれていた鼓岡神社や御陵などをレポートしました。 

スタジオゲストは、檀紙町の武下本明さん。 檀紙町の田んぼの中に、長男の「重人親王廟」があります。

 

 

 

 

 

 

 

 

重仁親王も、讃岐へやってきたという説があります。 当時檀紙町にあった薬王寺にあずけられてこの地で亡くなりました。 

薬王寺は廃寺となっていますが、親王廟は平成6年に建て替えられ、今も6つの自治会でお守りしています。 平安時代から、脈々と地域住民が大切にお守りしているなんてすごいですね。 なんと、9月には毎年お祭りも開催しているのですよshine

 


- カテゴリー:ブログページの先頭へ戻る