2012年5月20日

見えるかな?

いよいよ、明日は、金環日食の日です。

香川県内で見られるのは、なんと!282年ぶり

次に見られるのは、83年後の2095年11月という、まさに貴重な天体ショーなのです。

我が家でも専用の日食グラスを用意しています。

息子と「一緒に見ようね~♪見えるといいね~♪」と、随分前から、徐々に盛り上がっていて、

指折りカウントダウンしております。

(高松市内中心部なので、見えるのは、部分日食には、なりますが・・・。)

近年、これほど老若男女が、同じ目的を心待ちにするイベントってあったでしょうか?

価値観の多様化が進み、物質的に満たされている今の時代、何の分野においても細分化が進んでいるため

より多くの人たちが一つのことを共有できる状況は、少なくなってきているように思うのです。

ところが、この「金環日食」!

日に日に盛り上がりを見せています。

なんだか、あまり天体に興味がない人も「一応、見ておかなければ・・・ね!」という気になってきているようです。

 

「金環日食」を通して、私が息子にひそかに期待しているのは・・・

①これをきっかけに天文や宇宙、科学に興味を持つかも?!

②自然の神秘や美しさに触れることで、自然への畏怖の念や感謝の心が芽生えるかも?!

③将来、今を生きている人たちと時代を共有できる!などでしょうか?

 

①、②は、「あわよくば・・・」ですがcoldsweats01

 

③の「時代の共有」について・・・。

私がラジオを担当するようになって1年が経過しました。

ラジオの番組の中で、

「子供の頃、~~なことなかった?あったよね~。」「学生の頃、~~って、ブームになったよね~。」

「この曲、昔、聴いた。聴いた!一世を風靡したよね~。」「あった。あった~。」という会話が、よく出てきます。

つまり、この会話の主たちは、同じ時代を共有してきたのです。

時には、周りは盛り上がっているのに、自分は知らなということもあります。

世代が違うのではなく、当時、多くの人が体験しているにもかかわらず、自分は体験していないこともあるのです。

「あれ?どうしてだろう?私、それ、知らない・・・」

なんともさびしい気持ちになります。

 

かつて、私の両親は、仕事の忙しい合間を縫って、大阪万博に連れて行ってくれました。

なにせ、幼稚園に上がる前のことですから、写真には残っていますが、残念なことに私の記憶には残っていません。

両親は「みんなが行っているのに、我が子は、知らないなんて、かわいそうだから。」という理由で

連れて行ってくれたのだと話してくれた時、

「記憶に残ってないくらいなのに、随分、無駄なことを・・・」と思いました。

さらに「人と同じことをすることに何の意味があるのだ?!」とすら思っていました。

しかし・・・。

自分が、年を重ねて、子供を持って、その気持ちがわかるようになった今は、両親の気持ちと行動に感謝しております。

 

ラジオでも「あった、あった。そうだったよね~。」と話せるのと話せないのでは、大違いなのです。

話せた途端に、それだけで、時代共有者達は、一気に相手に心を許し、親近感を抱けるのです。

まるで同窓会のような感覚です。

懐かしくて楽しいshine

これだったのか・・・。

 

そして、自分の息子にも数十年後、

「僕達が、子供の頃、金環日食があるって、日本中で騒いで、み~んな、こぞって見たよね~。」と

誰かと時代を共有する感覚を楽しんでほしいと思うのです。

もちろん、見えるのがベストなのですが、

仮に曇りで見えなくても「結局、見えなかったんだけどね。」と、残念だった気持ちも共有できます。

息子は、「金環日食」を通してどんなことを感じるかな?

 考えてみたら、私達は、偶然の巡り会わせで、奇跡的に同じ時代を生きているのですね。

そう思うと面白い!!

 

それにしても、明日・・・。

見えるのかな?

今のところ、雲の切れ間から見られることを祈る状況ですが、

もちろん、スタンバイ、オッケーですgood

あ~した、天気になぁ~れsun

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